陶芸家の東恩納美架さん
「器を買う」。そこには、当然、料理をよそうための、食器として使うという目的がある。しかし、使うだけではなく、もっと別の目的があってもおもしろいのではないか。そのことに気づかせてくれたのが、陶芸家、東恩納美架さんの器だった。
初めて彼女の器を見たとき、写真を見るような、絵を眺めるような感覚に近く、心を揺さぶるような刺激を受けたことを今でも鮮明に覚えている。器を食卓に飾る、器で食卓を彩る、そんな楽しさを彼女の器は教えてくれた。
色土を塗り重ねてつくる経年変化の味わいも表現した器
インテリアとしても楽しめるお皿
彼女の器は刺激的だ。青や緑、ピンクやオレンジ。パレットにたくさんの色を出して、まるでスケッチブックに絵を描くような独自の感覚で、白土の生地の上に、色土を塗り重ねていく。
”やちむん”として親しまれる沖縄の焼き物は、一般的に白化粧された生地の上に、とろっとした質感のガラス質の釉薬を掛けて、色や柄を表現する。焼成すると、鮮やかな色彩が現れ、ガラス質のつるっとした質感になるのが特徴だ。しかし彼女は、釉薬と比べて固く、重量感がある色土を使う。
「べたっとした質感を出したくて、試行錯誤しました。発見したときは、『私って天才?』って思った」と東恩納さんは笑顔で話す。色を使い出したのは、独立してしばらく経ってからのこと。
「作り始めた頃はモノトーンの作品が多かった。色を使い始めたのはたまたまです。土の表情に自信がなくて、化粧が掛からない底の部分をどうやって隠そうかと考えていて、『よし塗ってみよう』と。塗ってみたらかわいいじゃんみたいな」。
この明るく自由奔放な性格から生まれた発想が、枠にとらわれない新しい器の形を生み出したのだろうか。
「かわいさ」、そして「カッコ良さ」を感じる作品
ざらついた表面の質感も味わいが
東恩納さんの器は、多様な色が使われていて、「かわいい」と感じる人も多いとは思うが、個人的には「カッコ良さ」を感じる。人それぞれにその感覚は違うとは思うが、色も、花のようなさわやかなパステルカラーではなく、壁に塗装されたペンキが剥がれたり、くすんだりしたようなトーンに近く、経年変化が生み出す味わいが出ている。
「きれいすぎると寂しさがあるのであえて”汚し”を入れています」その一手間により魅力が増し、いつのまにか虜になってしまう。
暮らして気づく、日常の沖縄の色がヒントにも
「陶・よかりよ」の個展で発表された1枚
2016年の8月。那覇市の陶器専門店「陶・よかりよ」にて、個展が開かれた。彼女自身の結婚・出産とおめでたい出来事が続き、久しぶりの個展となったため、いつも以上に期待を膨らませギャラリーに足を運んだ。
※「陶・よかりよ」での個展は既に終了していますが、同場所で作品を購入することができます。
個展ごとに新しい顔を見せてくれる東恩納さんだが、今回は原点回帰的な意味もあったのか、初期の頃の作風にも出合え、見応えたっぷり。以前、「工房の窓から見えた景色や街中の風景がヒントになっている」と彼女から聞いたことがある。この日見たお皿もあのときと同じく、夏空のようなぱっきりとした青色ではなく、冬空のような少しくすんだような色の器だった。
日常の沖縄の風景を思い返すと、観光雑誌やテレビの中の沖縄のようにいつも青で染まっているわけではなく、むしろ大半は、薄いグレーがかかり、どんよりとした重たい雲が空を埋め尽くしている日も少なくない。街中を歩けば、真新しい白壁の新築の家やギラギラとした高層ビルよりも、強い日差しや激しい雨から堪え忍んできた、朽ちたコンクリート壁や色が禿掛けた瓦屋根、錆が入った鉄扉が目に留まる。
華やかな沖縄の色ではない彼女の器にこそ、日常の沖縄の暮らしが映し出されているようにも見えた。
私の器とは何か?楽しいと思える気持ちが、悩みを打ち消した。
まだ色土をいまほど使っていない頃の作品
彼女が陶芸の道を歩み出したのは、沖縄県立芸術大学の院を修了した25歳の時。大学では沖縄の伝統的な技法を一通り学び、卒業後は、工房に入るという選択肢もあったが、彼女は、自分の形を追い求め、独立という道を選んだ。
「始めは苦労しました。陶芸の世界はある程度やり尽くされた世界で、何をやっても誰かに似てしまう。私の器ってなんなのさぁーって悩んだ時期もありました」
それでも自分の形を模索しながら形を作り、自分の作品を見てもらうため、沖縄や東京のギャラリーに出向き、不安を抱きつつも積極的に売り込んだ。
「東京のギャラリーをまわったときには、『素人くさいね』って言われてしまい打ちひしがれました。それでも温かい言葉をくれたギャラリーの方もいて救われました。『どこにいきたいか考えないと、知らないうちに違うところに立っているかもしれないよ』と、あるギャラリーで言われた言葉が、今も心に残っています」
彼女が、色土を使い始めるのは、そこから数年後のことになる。
「ひとつ自分らしい形ができて楽しい気持ちが生まれると、『誰かに似てしまう』とか、悩んでいたのが嘘のように、気にならなくなりました。以前はもっと自分の世界を広げて行こうと思った時期もありましたが、今はひとつひとつのクォリティーをもっと高めていきたいと思っています」
取っ手に特徴のあるポットやカップ
「最近、学生の前で話す機会がありました。そのとき学生から、『自分が向いている方向にいったほうがいいのでしょうか』という質問を受けました。私は、向いている方向で決めるというよりも、自分が好きな方にいったほうがいいのかなと、思います。向いていなくてもやっていれば、それはきっとできるようになると思うから」
少し前から植木鉢にも挑戦。植物との相性もいい
個展は私にとっての世界大会。自分を鍛えてくれる大切な場
東恩納さんとの出合いは自分が沖縄に来て間もない頃だったから、やがて10年になる。その間、複数回実施された個展では、新しい変化を見せながら楽しませてくれた。そういえば、インタビュー中に興味深いことを言っていた。
「個展はスポーツ選手に例えるなら、私にとっての”世界大会”。いたたまれない気持ちになることもありますが、個展は、自分自身がすごく鍛えられる場でもあります。そのときは結果が残せなくても、次にやるべきことが明確になり、自分の今いるポジションを知ることができます。」
街中に佇むギャラリーは決して広くはないが、そこは彼女にとって作家生命をかけて闘う場でもあったのだ。作品ひとつひとつに、強い想いが込められている。そのひとつを自宅へ持ち帰り、日々の暮らしで眺めることができることはとても贅沢なことだ。次の大会はいつだろうか。もう闘いへの準備は始まっているのだろうか。これからも、彼女の世界大会を追いかけていきたい。
【東恩納美架 Profile】
1977年沖縄生まれ。沖縄県立芸術大学卒業後、沖縄県立芸術大学大学院を経て、2006年に工房を設立。沖縄以外にも東京・愛知・広島などで個展を開催。1児の母。
取材協力
陶・よかりよ
[住所]沖縄県那覇市壺屋1-4-4/1F(MAP)
[営業時間]平日:10:00~19:00/日曜・祭日12:00~19:00/企画展期間中10:00~19:00
[定休日]水曜日
[電話]098-867-6576
文・写真:草野裕樹(ミクロプレス)
HP:http://micropress1219.com