「大里ブルー」に「湧稲国(わきなぐに)ブラウン」、「ちゅら南城」…。一体何のことかわかりますか?実はこれ、沖縄の地名が付いた沖縄産のチーズの名前なのです。
チーズを作るのは、長いお髭のイギリス紳士
沖縄でチーズを作りに励んでいるのは、何とイギリスの方!ジョン・デイビスさんです。長くて白い髭が印象的なイギリス紳士のジョンさんは、英国ケンブリッジ近郊のキングスリプトン出身。1976年に来日し、東京から移り住んだ札幌市で2004年、同市出身の貞子さんと結婚。しばらく英会話教室を経営し、貞子さんの退職を機に2006年、暖かい場所で暮らそうと、沖縄に移住しました。
沖縄では、夫婦でのんびり暮らしていこうと思っていたそうですが、従来好奇心旺盛な性格のジョンさん、それだけでは物足りなく感じるようになりました。そこで、「チーズを自分で作ってみよう!」と思い立ったのです。しかしなぜ、チーズ作りを始めたのでしょう?
「とにかくナチュラルチーズが恋しくて(笑)。イギリス人だけでなく欧米人にとってのナチュラルチーズは、日本人にとっての味噌や醤油のようなもの。なくてはならない食べ物なんです。手作りする家庭も多くて、私の母親もチーズやヨーグルトを作っていました。しかし当時の沖縄にはナチュラルチーズはほとんど売られていなくて、プロセスチーズばかり。だったら、自分で作ってしまおうと思ったんです」
“お袋の味”でもあるチーズを求めて、独学でチーズ作りをスタートさせたジョンさん。最初は1種類のチーズ作りを成功させることから始め、沖縄の亜熱帯の気候はチーズの発酵に適していることを発見。それからはチーズの種類を徐々に増やしていき、あっという間に何十種類にも!今では50種類を超え、正確な数はジョンさんでさえも「わからない」とのこと。
こうして作られた多くのチーズは「天久りうぼう」や「パレットくもじ」の地下にある酒屋などの一部のスーパーマーケットや、「ロワジールホテル」や「ザ リッツカールトン沖縄」「ユインチホテル南城」などの一部のスーパーやホテルなどに卸していたり、週に一度南城市の「軽便駅かりゆし市」で販売したりするだけでしたが、ついに昨年12月、専門店「The cheese shop(ザ チーズショップ)」を南城市にオープン。いつでもジョンさんのチーズが食べられるようになしました(※現在は「軽便駅かりゆし市」での販売はしておりません)。
チェダーやブルーチーズなどのスタンダードなチーズから、島ラッキョウやサクナ、シークァーサーなど沖縄らしい食材が入ったチーズまで、さまざまな種類のチーズが揃うジョンさんのお店。南城市が購入を勧める「沖縄南城セレクション」にも2つの商品が認定されています。
紅イモを使ったチーズまであるというから驚きです。食べてみると、紅イモの味はほとんどせず、甘味のあるコクを感じます。聞けば、どんな食材でもチーズの熟成が進むとチーズと同化して、食材そのものの味は旨味に変わるそうです。そしてその旨味は食材によって異なり、個性的なチーズが次々に誕生するのです。
ジョンさんのチーズは牛乳にもこだわる!
チーズの味の決め手となるのは、何といっても牛乳。この牛乳にも、もちろんこだわるジョンさんです。
「チーズを作り始めたころは、スーパーに売られているような牛乳をいろいろ使って試していました。でも、次第に『沖縄産』にこだわりたくなって。いい生乳がないかと探していたときに、南城市の酪農家、親泊清さんと出会いました」
出会ったばかりの頃、「私の目的は、美味しい牛乳を作ることです」という親泊さんの言葉に感動したジョンさん。今では最も信頼のおけるパートナーの一人となりました。
親泊さんは、牛を育てる環境や飼料をとても大事にしています。牧場には音楽を常に流し、牛の精神状態を安定させ、飼料には有用微生物を配合したものを使用。牛の心と体両方に気を配り、美味しい牛乳を作るための手間は惜しみません。
そしてジョンさんは、牧場の敷地内にチーズ工場を作りました。絞たての新鮮な牛乳を、すぐにチーズに加工できるというわけです。
工場でチーズ作りを担うのは、イギリス人のケリーさん。学生時代は化学を専攻していたということもあり、発酵という化学反応が重要なチーズ作りは名人級。このように多くのプロフェッショナルによって、ジョンさんのチーズは作られているのです。
全て沖縄県産。世にも珍しいチーズがついに完成!
多くのチーズを作ってきたジョンさんですが、「全て沖縄産」というチーズはなかなか作れないでいました。この「全て」というのが、実は非常に難しい。
チーズの原料は主に牛乳や食塩ですが、これらは沖縄県内でも作られています。しかし、牛乳がチーズになるために必要な「チーズ菌」だけは沖縄県産のものがなく、海外から輸入しているのが現状。このチーズ菌を、何とか沖縄で作れないものか?ジョンさんは考え、ついにひらめきました!「泡盛を生み出す黒麹を利用できるのではないか?」と。泡盛は黒麹による発酵から作られていますが、この黒麹をチーズの発酵に生かせないかと、ジョンさんは考えたのです。
しかし、この黒麹を手に入れることがとても大変でした。泡盛作りにとって黒麹は命と言えるほど、とても大切なもの。泡盛酒造所が強固に守っているため、簡単には譲ってくれなかったのです。知人を通して何とか北谷の石川種麹店に頼み込み、ジョンさんの情熱が通じ、ようやく少し分けてもらうことに成功。そして、試行錯誤を続けること約1年、ついに黒麹を使ったチーズが完成しました!それがこちら!
まだ開発段階ということでお店では販売されていないのですが、少し味見させてもらいました。とてもコクがあって、ナッツのような香ばしさを感じます。これは美味しい!いつか黒麹でできたチーズが、沖縄県の名産品になる日が来るかもしれませんね。
ジョンさんの店のオリジナリティーはチーズだけに留まりません。こちらは、自家製のヨーグルト。
砕いたコーヒー豆をトッピングし、シロップをかけて食べるのがおすすめ。しかもこのシロップ、あの琉球伝統菓子の「謝花きっぱん」で使われている冬瓜シロップだそうです。蜂蜜やメープルシロップよりもさっぱりとした甘味で、濃厚なヨーグルトによく合う!
また、この濃厚なヨーグルトにチキンなどの付け込んでソテーすると、とても柔らかく、風味豊かになるとのこと。ぜひお試しを!
ジョンさんのお店ではヨーグルトだけでなく、もちろんさまざまなチーズの試食ができます。パンやクラッカーに載せくれたり、いちじくのドライフルーツと一緒に食べさせてくれたり。チーズによって相性はあるとは思いますが、実にドライフルーツとよく合う!酸味と甘み、チーズの旨味と塩気が混然一体となって口中に広がります。ああ、ワインが飲みたい!
味がすぐにはわからない、だからチーズ作りは面白い
「チーズを作るのは、実はそんなに大変ではない」とジョンさん。「だけどチーズの難しいところは、すぐには味がわからないこと。何か月、時には何年も熟成させないとならない。だからこそ面白いんです」
チーズのことになると夢中で話してくれるジョンさん。そんなジョンさんのチーズの噂を聞きつけ、遠方から足を運ぶ沖縄在住の外国の方も多いと言います。
さらなる美味しいチーズを求め、研究と開発に余念がないジョンさん。沖縄産チーズは、ますます進化していきそうです。
取材協力:The cheese shop
[住所]沖縄県南城市大里仲間1155 JAアトール内(MAP)
[電話]090-2051-5188(ジョンさん)/080-3236-6661(貞子さん)
[営業時間]13時~18時
[定休日]無休 ※年末年始は要問合せ
ライター:ワードワークス沖縄 仲濱淳
HP: http://okinawa-wordworks.jimdo.com/